置き場所、居場所を変えてみる価値 2/2

更新日:9月21日

もう少し小説について


例えば、


 親や学校の言うことを疑う事なく素直にきき、問題なく成長した真面目で成績も優秀な青年が就職を前にしてコーチングと出会う。コーチング

のコーチの豊かさに憧れ、コーチングのスクールに通いだしたのだが、そこで出会った人々との交流から自分の あり様、望む本当の幸せや豊かさ、本当にやりたいことについて考え出す青春群像劇。


 かつての「ふぞろいの林檎たち」や「愛という名のもとに」みたいなやつ。


これも良さそう。


 コーチングを落語にするとか?

 時事ネタをコーチングの視点から見たマクラに。


サゲは例えば


弟子「師匠、それはまたでっかいスコートマですねえ」

師匠「ばかな事を言うな。私ににスコトーマなどない」

弟子「スコトーマ。。。これは恋は盲目ってやつですよ」

師匠「ああ、なるほど。全ての人にコーチは必要だ」


 コーチングの置き場所、居場所を変える。


 人生ゲームのコーチング版を開発するとか?

 作詞家になってコーチング用語を用いた歌詞を書く。

作家は自分で始めました。群像新人文学賞、直木賞を目指します。


 バーテンダーさんになってコーチング用語を名前にしたカクテルを作るとか?カクテル「スコートマ」と「スコトーマ・ロワイヤル」は設計しました。


 もう神父様、牧師様、海外の神主様、お坊様でコーチングのコーチの方はいるでしょ?(あ、BOSSはお坊さんだ)


 海外で暮らしている方で日本語でコーチングを受けたい人は多いのに供給不足ってことはないのかしら?ものすごく現地の言葉が堪能な方でも、コーチングは母国語でニュアンスとか表情とか仕草とか同じ環境で育ったコーチのコーチングの方がグッ来やすそう。


 いや置き場所、居場所を変える精神なら、あえて国籍も言葉も文化も習慣も考え方も違うクラウアントに対峙する方がいいんだろうよ。


 珍しく終わる



苫米地式コーチング認定コーチの水緒真のブログです。


  横浜は元町・中華街で苫米地式コーチングを実施するプロトステラコーチングに所属しています。

 主な活動拠点は神奈川、沖縄の石垣島、東京、その他です。