矢沢永吉 永ちゃんのライブリハーサル 「俺を騙してくれ」(その2)

更新日:9月21日

 何の話しでしたっけ。


 そうそう。なんかこう自分とは離れた世界の人たちを生贄にして、それで自分とはまだまだ別の世界の話だから心の平静を保つにに利用して安心するっていう感じがしてました通勤電車の混み具合は知ってはいるしなんかダメなんだろうなってことはわかっているけど自分たちが逃れられないことからは社会全体で目を瞑る感じ。

やだね。ヤダヤダ。


 あの時は社会的には発言力の弱目の少数派は虐げられる、切り捨てられる、何んなら迫害される構造っていうのが垣間見れたような気がしました。その逆で権力に近い、発言力の強い集団にはGO TO トラベルですかね。ずいぶんいいご身分ですこと。品がないことするよ。しかもあからさまに。本音は感染者が増加しようが関係なくて、自分を支持してくれる献金してくれるとこに利益誘導して救ってあげればそれでいいんですか。文字通り、地獄の沙汰も金次第ってやつだ。

あーヤダヤダ。


 卑屈な話で申し訳ないです。


 で、その責められ気味のライブハウス、コンサート会場は公演中止などの後、必死に何とか感染者を出さないようにと徹底した対策を実施する…し続けることになりました。他でもやっていた入場待機列の人同士の間隔を開けることやアルコール、検温、マスクの使用、トレーを用いたライブ代(ドリンク代)の受け渡し、ビニールやアクリル板越しの会話はもちろん、入場者数の規制、観客の立ち位置を指定してソーシャルウディスタンスを確保、扉を常時解放したりライブの途中で換気時間を設ける、換気設備を強化する、規制入場や規制退出などなど。ステージと観客席の間に透明なビニールを設けていた時期もありました。ビニール越しに少しもやっとした、ピントがボケた感じになったように見える演者のパフォーマンスをじっと見つめるファン、切ないそして尊い。そんな対策の中でもライブ、コンサートの中で最も重要なことなのにしてはいけないと強制され辛い思いをしたのが「声出し禁止」です。応援できない、コールできない。だから盛り上がれない。シーンとしたクラシックの会場のような中でパフォーマンスを黙々と(拍手、手拍子はあり)みる。MCや曲中の煽りにも精一杯の拍手で反応する宇だけ。一緒に歌うなんて問題外。もうパフォーマンスするほうだって盛り上がらない、手応えない。とは言えどうしようもない。


 特に若い観客のアイドルのライブなどでは「お前聞く気ないだろ」っていうほど大声で叫び、すでに歌の一部だろっていうくらいの自然発生した半公式的なコールがあり、オタク通しで暗黙の了解&紳士的に譲り合う交渉の上で行われる口上などなどが規制されてはさぞ辛かったであろう。あれ、作曲、編曲者も意識してコールありきで曲を作っている…らしいです。

(続く)



こ苫米地式コーチング認定コーチの水緒真のブログです。


  横浜は元町・中華街で苫米地式コーチングを実施するプロトステラコーチングに所属しています。

 主な活動拠点は神奈川、沖縄の石垣島、東京、その他です。